2006年11月20日

気になること

ここ最近、気になることがあるのです。
悩みについてではないんですが、ここ最近気になったことを書きます。

昨日書いたように、悩みを抱えています。
それはもういいんです。
なぜよいかは昨日の部分を読んでください。
で、きっと同じように悩みを抱えている人って自分の周りにも大勢いると思います。
そんな人たちを見て何かしたいと思っても、何もできない自分がいます。
僕にできるのは、その人の悩みや不安が早く解決するよう祈ることだと思っていました。
ですから、毎日のようにこう祈ったのです。

「神様、苦しみや悩みの中にいる友達(自分)の悩みが早く解決しますように。」
「神様、病気の友達や怪我をしている友達(自分)が早くよくなりますように。」

と。
でも、ここ最近本当にその祈りは正しいのか不安になってきました。

誰かのために祈ること、これは間違っていないと思います。
でも、"早く" 解決したり、"早く" 良くなることが良いのかが、わからなくなってきたのです。

神様のなさる事 1 つ 1 つにはそれが起こるのに相応しい時があると思うんです。
コヘレトの言葉をかりるなら、すべてのことには時があると思うんです。

悩みの中に入れられる時、悩みの中から救い出される時。
病気になるとき、病気が癒されるとき。
怪我をするとき、怪我が治るとき。

救い出されるとき、癒されるとき、治るときは、あらかじめ神様によって決められており、それはすべて最善のタイミングで起こると思います。
そのタイミングを自分の祈りで、神様に変えてもらってもよいものかと思い始めました。
これは自分に対しての祈りの場合にも置き換えることができます。
友達が笑顔になることはうれしいことです。
でも、自分の思いで神様の計画を動かしてよいのかと気になっています。
神様の計画がその祈りで本当に動くのかはわかりませんが・・・。
祈ることすらも、その計画の中に入っているのかもしれません。
でも、気になってしまうのです。

きっと別の祈り方があるのかもしれません。
苦難は必ずあるものです。
でも、それは全て意味のあることです。
だから、苦難を取り除くことが必ずしも良いとは思いません。(良いときもあると思います)

全ては主の御心のままになるのでしょう。

誰かのためにできること。
それは、祈ることしかないという気持ちは変わりません。
しかし、その祈りが自己満足なものにならないよう心がけることが、大切なのかもしれません。
posted by まこまこ at 22:59| ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 信仰生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Posted by 細野 友子 at 2006年11月23日 20:15
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